キャメラマンリスト1

阪本善尚

 私には私なりの劇映画を撮影する時の理想像があるのです。それは画面に空気を写すことなのです。だからカメラ前の世界に空気を作る技術に一番力を入れます。(中略)
 私が燃える画面の中の空気作りとはどんなものかといいますと、演じられる芝居がより効果的に見えるために、俳優が演じる空間の雰囲気をどのように作るかということです。
 …(中略)…画面の雰囲気を左右する空気の色や形は、監督のねらいを撮影者である私が理解した度合の答なのです。空気の色と形、それは光のそれと同じです。空気を画に写すには光がとても重要な役わりを持ちます。だから時として私は照明技師の領域を犯し職人芸を否定してしまう光を望んでしまったりするのです。(中略)
 私の画作りはフィルムの特性、現像のテクニック、レンズの選定、それに合いまったライティングというものが言葉で言い表わせないバランスでからみ、私の感性の表現が画面に写った空気感なのです。この様な仕事のやり方をするので、私は撮影技師にはなりたくなかったのです。外国映画における撮影者の職名であるディレクター・オブ・フォトグラフィーとかライティングキャメラマンといったニュアンスで私はこの職名(註/撮影監督という名呼)を使うことをお願いして、つけさせてもらっているのです。
「アートシアター162・野ゆき山ゆき海べゆき」パンフレット
『私と新しい白黒映像と大林映画と』(阪本善尚)より抜粋

公開年作品名クレジット
1977『HOUSE・ハウス』撮影
1977『瞳の中の訪問者』撮影
1981『ねらわれた学園』撮影監督
1982『転校生』撮影監督
1983『時をかける少女』撮影監督
1983『麗猫伝説』撮影監督
1983『廃市』撮影監督
1984『少年ケニヤ』撮影監督(実写)
1984『天国にいちばん近い島』撮影監督
1985『さびしんぼう』撮影監督
1986『彼のオートバイ彼女の島』撮影監督
1986『野ゆき山ゆき海べゆき』撮影監督
1987『夢の花・大連幻視行』撮影監督
1988『香織の、わたしものがたり』撮影監督
1988『異人たちとの夏』撮影
1988『わたしの心はパパのもの』撮影監督
1990『彼女が結婚しない理由』撮影監督
1992『はるか、ノスタルジィ』撮影監督
1993『水の旅人』撮影監督・
テクニカルスーパーバイザー


長野重一

長野重一氏はスチールの分野では社会派のドキュメンタリーカメラマンとして有名。かつてテレビCMの黎明期はスチールとフィルムの二刀流キャメラマンが多かったそうですが、最近は両方現役でこなせるほどの人は珍しいようです。
大林監督は映画製作においては阪本善尚氏とのコムビが多くファンにとっても馴染みが深いのですが、CM製作当時から数えると全体の3〜4割の作品でコムビを組んでいるキャメラマンが長野重一氏。阪本氏とは「情緒的なムードを大切にする作品」で、長野氏とは「人間を見つめるドキュメンタリータッチの作品」でと、大林監督はそれぞれの個性を尊重しながら仕事をしています。

公開年作品名クレジット
1982『可愛い悪魔』撮影
1988『おかしなふたり』撮影
1989『北京的西瓜』撮影
1991『ふたり』撮影
1992『はるか、ノスタルジィ』冬景色撮影


坂本典隆

公開年作品名クレジット
1994『女ざかり』撮影
1995『あした』撮影
1997『風の歌が聴きたい』撮影
1998『SADA』撮影
1999『あの、夏の日』撮影


萩原憲治

公開年作品名クレジット
1978『ふりむけば愛』撮影
1992『青春デンデケデケデケ』撮影(共同)
1998『三毛猫ホームズの黄昏ホテル』撮影


今関あきよし

『HOUSE ハウス』を観て以来、少女を撮りはじめたという生粋の大林フリーク。映画監督として「少女映画の巨匠」と呼ばれながら、柔軟なスタンスで大林組に参加しキャメラも回してしまう。この人も永遠の映画少年である。

公開年作品名クレジット
1996『三毛猫ホームズの推理』B班撮影
1997『風の歌が聴きたい』撮影
1998『マヌケ先生』撮影監督
『三毛猫ホームズの黄昏ホテル』B班撮影


稲垣湧三

OBとはかつてCMでコムビを組んでいたキャメラマン。

公開年作品名クレジット
2000[淀川長治物語]神戸篇『サイナラ』撮影監督
『忍ぶ川』撮影監督
2001『告別』撮影監督



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